阿国座再建

歌舞伎の始祖 出雲阿国

歌舞伎の始祖と言われる出雲阿国は、出雲大社の鍛冶職、中村三右衛門の娘で、幼少の頃から巫女をしていたと言われています。
阿国は生まれつき舞踊にすぐれた才能をもち、大社本殿修理のための勧進のため、女たちと共に諸国を巡業して歩きました。この時阿国は、京都で念仏踊りを上演して人気を博し、これがたちまち評判となりました。
慶長8年(1603)には、京都の四条河原で男装に刀をさして舞い、思いきった演出で見物人を魅了したといわれています。
この年は2月に徳川家康が征夷大将軍となり江戸幕府を創立。阿国は名古屋山三と組み、かぶき踊りを創始して京都で初上演。徳川幕府と歌舞伎は同じ年に生まれたのです。
歌舞伎の基礎を築いた阿国は、晩年大社に帰り、尼となって智月院と称し、連歌庵で連歌と読経三昧の生活をおくり、75歳で没したといわれています。
大社町の稲佐の浜近くの奉納山には「出雲阿国の碑」と、男装の阿国を描いたレリーフの「於国塔」(おくにとう)があり、郷土のヒロインをしのんでいます。

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